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| 《事件発覚》 昭和11年5月19日 讀賣新聞 |
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尾久待合のグロ殺人 流連七日目の朝の惨劇 妖艶・夜會髷の年増美人 四十男を殺して消ゆ 變態!急所を切取り敷布と脚に 謎の血文字『定吉二人キリ』 帝都の北郊、尾久花街の眞ン中に世にも奇怪な殺人事件が起つた、待合二階四疊半の蒲團を血に染めて花模樣の掛蒲團に隠されてゐた男の惨殺體!痴情か?怨恨か?ともかく犯人は男の連れの女で、夜會髷の、しかも妖艶な美人なのだ、殺されたのは中野新井の料亭の主人で四十男、頸部を絞められたうへ無殘にも急所を切られて居た、怪美人はそのまゝ姿を消して現はれず、この怪奇な殺人事件の搜査網は全市に張られて怪美人の行方を追つて居る
中京商業の校長と 兇行後、日本橋で密會 男は新井花街料亭の主人、女は元の女中 嫉妬に狂ふ無殘の兇行 荒川區尾久町四ノ一八八一待合まさき家≠アと正木しち方に去る十一日夜投宿した男女があつた、二人連れだつて散歩に出たり時には藝妓などをあげて 陽氣 に騒いでゐたが十八日朝八時ごろ女は『チョッと水菓子を買ひに新宿の伊勢丹まで出かけてきます、男は寢てゐますからそのまゝにしておいて下さい』と云つて待合で經営してゐる同町四ノ一九四五三業タクシー=運轉手正木勘次郎=を呼んで出かけたがいつまで經つても歸つて來ず、男も起きて來ないので不審に思つた女中伊藤とも(三三)が午後二時半ごろ二階桔梗の間(四疊半)に行つて見ると意外、男は西枕に蒲團をかぶつて死んでゐるので驚いて尾久署に急報した、警視廳から浦川搜査課長、高木鑑識課長、吉田主任警部、裁判所から正田豫審判事、酒井檢事ら出張取調べると男は女の腰紐で首を絞められ更に急所を根元から剃刀樣のもので完全に切り取られてをり 敷布 の片隅には三寸角の楷書で血汐を指に染めて書いたものらしい「定吉二人キリ」と血の文字が生々しく認めてあり、更に男の左大腿部にも同じ文字を血で認め、また右の上搏部[ママ]には剃刀で「T」と切つてあり切り取つた部分は殘つてゐなかつた、犯行は同日拂暁に行はれたものらしく兇行後女は男の現金と兇行に使用した兇器を持つて逃走したもので尾久署では姿を消した女を犯人と見て搜査した結果、この女は去る二月まで中野區新井五三八料理屋石田吉藏(四二)方で女中をしてゐた阿部さだ(三一)と判明した、同女は待合まさき方を自動車で出かけ新宿伊勢丹前まで來ると赤信號が出たので運轉手に「こゝでよろしい」と云つて下車し日本橋の某所でかねて馴染の中京商業學校々長大宮五郎氏と會つて姿を晦ました事が判つた、女は髮を夜會髷にして七草模樣チリメンの長襦袢に薄水色浮花模樣錦紗の袷薄鼠色の單衣羽織を着てゐたこの世にもグロな殺され方をした男は果然犯人阿部さだが昨年暮から本年二月まで女中として住み込んでゐた中野區新井五三八料理屋吉田家の主人石田吉藏(四二)と判明した、石田は先月廿日ごろ現金二、三百圓を持つて家出去る十二日夜ひよつこりさだと一獅ノぶらりと歸宅再び飄然と家を出たもので兇行の原因は嫉妬と見られてゐる 石田 は大正九年中野へ移つてきたもので土地では二流どころの料理屋であるが酒のみで女道樂がはげしく昨年暮女中に住み込んださだと間もなく中年の戀を囁くやうになつたものである石田の家庭は妻女と×子(四三)長男×吉(一七)長女×江(一五)の四人暮しである ママ及び伏字×印箇所は筆者 |
| 《逮捕》 昭和11年5月20日 報知新聞号外 |
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稀代の妖女阿部さだ 品川驛前旅館で捕る 天命盡きて今夕五時半
殺人事件に惡魔的な情痴を織り込み、躍起の搜査當局を尻目に飄々變化の如く出沒した尾久花街の獵奇的殺人事件犯人田中かよ事阿部さだ(三二)は十八日朝元主人中野區新井町五三八吉田家支店石田吉藏氏(四二)を絞殺、急所を持去つて凶行現場の尾久待合「まさき」を立出たまゝ失踪三日間、戒嚴令下の帝都に張りめぐらされた當局の非常警戒を潛行しつゝ~田、日本橋、大塚、新橋等各所に出沒してゐたが、當局必死の追跡に漸次追ひつめられつゝ大膽不敵、數度にわたつて變裝、十九日夕刻品川驛前旅館品川館に投宿、こゝでも片眼を眼帶で擬装して追及を逃れんとしたが、二十日午後五時半高輪署の檢索によつて天命盡きて逮捕された、さだは一先づ高輪署に移されたが、直ちに當局の凱歌と共に尾久署の搜査本部に移され、本格的な取調べが行はれてゐる
問題のハトロン包み 大事さうに懷中に 微笑を浮べて引かる 犯人さだは品川館に投宿したのは十九日午後五時半頃で同館の女中渡邉たへさん(二一)が階下六疊の四六號室に案内した、その時の着衣は濃紺の地に茶の格子セル、新橋日蔭町で第二の變裝をしたまゝの姿であつた、その上縁なしの眼鏡をかけてゐた、たへさんがお茶を持つて行くと夕刊を見ながら「随分凄い事件ね」といひ、たへさんが「怖しい女もゐるものですね」と答へると妙な笑ひを洩らしてゐた「右の眼が惡いから眼帶を買つて來ておくれ」といひ、それからは右眼を眼帶で冷やしてゐた、入浴後六時半頃食膳に向つたがその時にビール一本を平げた、夕食がすむと「按摩さんを呼んでくれ」と頼み果物を注文して苺ミルク一皿と梨一個を食べた、七時半頃按摩が來て約一時間位身體を揉ませた上、再び入浴して寢たのは九時半頃であつた、二十日朝七時頃眼をさまし、たえさんが食膳を運ぶと「東京の新聞ばかりでなく大阪の新聞も買つて來ておくれ」と頼み、數種の朝刊を讀みながら柳川鍋をつゝいて日本酒二合瓶一本を平げた「飯は食べたくないから」と握り壽司一人前をとらせて食べ、また敷きぱなしの蒲團にもぐり込んだ品川館では「どうも荒んだ樣子の人だからお會計をもらつておいで」と六圓廿六錢の書附を持つて行くと、五十錢銀貨でこれを拂ひ、更にチツプ一圓を奮發した「團體客があるから離れに代つて呉れ」といはれ同じ階下六疊と二疊の離れに移り、洗面器に水を運ばせて眼を冷やしガーゼを取り換へながらまた/\蒲團の中にもぐり込んだ、午後五時半頃品川署の刑事を部屋に案内し、その刑事が襖を開けて「警察の者ですが」といふと半ば起きかけてゐたさだは「アラそうお」と平然たる顏つきで水淺黄の長襦袢のまゝ立膝で鏡臺の前に座り、一服吸ひつけながら顏のくづれを直し、上野の古着屋で買つた水色の絽縮緬の秋草模樣のある着物に着更え、問題のハトロン包を大切さうに懐中深く押し込み口もとに薄笑ひさへ浮かべて悠然と引致されて行つた |
| 《予審決定書》 昭和11年10月1日 國民新聞 |
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予審決定書(全文)
本籍 名古屋市東區千種通り七の七九 住所 不定 無職 阿部 定(三二) 右に対する殺人及び死体損壞被告事件に付き予審を遂げ終結決定する事左の如し 主文 本件を東京刑事地方裁判所の公判に附す 理由 被告人阿部定は東京市神田區新銀町一九、疊職重吉の四女に生れ小学校在学中より遊芸を仕込まれたるが、早熟にして十五歳の時既に処女を失ひ其後は町の不良と交り相次いで異性を求むる等、不良の傾向顯著なりし為十八歳の頃父重吉は被告人を見限りて芸妓となすに至り爾来被告人は横浜、富山長野、大阪、名古屋、兵庫、東京等の各地を轉々し、芸妓、娼妓、私娼或ひは妾等次第に淪落の淵に沈み生活し來れり、然れども昭和十年頃よりやゝ目覚むるところあり、更生の一歩として昭和十一年二月一日東京市中野区新井町五三八、割烹業吉田家事石田吉藏(四二)方に女中として住み込みたるが、生来多情なる被告人は間もなく右吉藏と情を通じ家人に感知せらるゝに及び同年四月二十三日両名諜めし合はせて家出し、翌五月七日渋谷区円山町八五「みつわ」外市内數ヶ所の待合を轉々して愛慾生活に耽溺し居り其間吉藏は被告人との関係を長く持続する爲同人を妾となし待合を開業せしむる意あるを洩らしその準備のため一時歸宅する事となり互に未練を殘して別れたり 然るに被告人は吉藏と別るるや同人に対し未だ嘗つて経験したる事なき恋慕、愛著の念を感じ吉藏夫婦の生活を想像して嫉妬と焦躁の情に馳[ママ]られ、瞬時も吉藏と別離するに堪へがたく再会の折りは情痴の戯れに用ひんとして牛刀を買求め等したる上同月十一日電話を以て吉藏を誘ひ出し中野驛にて落ち合ひ午後十時頃荒川區尾久町四の一八八一待合「まさき」事正木しち方に赴き以来同家に流連し日夜情痴、愛慾の限りを盡したるがたま/\五月十六日、吉藏と情交中刺激を求む可く同人の頸部を腰紐を以て緊縛したる爲同人の顔面充血するに至り吉藏は之が治療の爲歸宅静養せんと被告人に告げたるところ被告人はさきに一時吉藏と別れゐたる間の苦しき経験を惟ひ到底同人と別るゝに忍びず、さりとて吉藏には妻子を振り捨て自己と同棲する迄の意思なかりを察知し居たる爲遂に吉藏を永遠に獨占せんがためには同人を殺害するに如かずと決意し、同月十八日午前二時頃前記待合「まさき」方さくらの間に於いて熟睡中なる吉藏の頸部に自己の腰紐を二重に巻き付け、その両端を両手を以て強くひきしめて即時同人を窒息死に至らしめ尚ほ吉藏の死體に痴戯しゐるうち同人を完全に獨占し他の女性は妻と云へども一指だに触れさせまじと慾求する余り、同室に持ち込みゐたる被告人所有の牛刀を以て吉藏の陰莖及び陰嚢を切り取り且つ同人の右上膊部外側に被告人の「定」の名を刻み込み以て吉藏の死体を損壊したる後其の傷口の血を手指につけ吉藏の左大腿部に「定吉二人」なる文字をその寢床敷布に「定吉二人キリ」なる文字を書き残し、右切り取りたる陰莖及び陰嚢を懷中して同日午前八時頃同家を逃走したるものなり |
| 《論告求刑》 昭和11年12月9日 東京朝日新聞 |
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解剖台上の異常心理 社會的影響を惧れ お定に十年求刑 飽くなき獨占慾・改悛の情絶無 檢事・論告で爆撃
「お定事件」の主人公阿部定(三二)にかゝる殺人並に死體損壊の第二回公判は八日午前九時五十分から東京刑事地方裁判所細谷裁判長係りで開廷され酒井檢事から別項の如く懲役十年の求刑があつた。 初冬の霜凍る七日夜から相變らず百五十枚の一般傍聽券を獲得せんとしてドンドン押かけて來る徹夜の陣に裁判所では大混雑を惧れて八日午前五時半にははやくも傍聽券を配布してしまつた。 お定公判にあてられた陪審大法廷は前回にも増して傍聽人が立錐の余地なくすし詰めにさせられ特別傍聽席には滿州國留學の司法官、判檢事、探偵小説家等々が居並び法廷内むせるが如き中に 九時四十五分、お定は突如看守に手を引かれながら傍聽人の期待を裏切つて正面側の檢事出入口から出廷。九時五十分細谷裁判長は陪席横山、飯森兩判事、酒井檢事と共に入廷、直に開廷を宣する裁判長はお定に起立を命じ特別事故の發生せざる限り公判は公開して審理する旨を告ぐ。お定は前回の如くK小紋の羽織に臙脂縞のお召を着、ハンカチを弄びつゝ俯きながら一つ一つうなづく、それより裁判長との問に大宮元校長との關係並に石田殺害の心境につき二、三の問答の後、いよいよ酒井檢事の論告に入り檢事は草稿を手にしながら約五十分に渡り峻烈なる論告をなした後お定に對し懲役十年を求刑、同十一時休憩となる
破壊性を衝く(論告大要) 酒井檢事は冒頭に「事案の眞相を仔細に檢討解剖する時は公開席上では風教上考慮せねばならぬものがある」とて先づ犯罪事實關係に入り「事實は被告が終始一貫これを認めてゐる」とて 一、本件は純粹なる殺人罪で情痴の戯れから間違つて殺人したものではない。 二、嘱託殺人又は自殺幇助の事實はない。加之被害者石田は殺されやしまいかといふ 豫感さへももつてゐない、その證據に犯行當夜石田は「おれは眠るがお前は今夜も絞めるだらう、手を放すな、手を放すと後が苦しいから」といつてこれを直譯しても殺してくれといふ意味はない。さうさし迫つた空氣でなく互いに笑ひ事で笑ひの中に寢ついてゐる。 三、以前に心中するとか何とかいうてゐるのは愛情からの冗談で眞に死ぬといふ考のものではない。石田は死ぬといふ考はなかつた。 こゝで檢事は石田が死なねばならぬ事情はなかつたことを檢討し 一、石田が小僧からたゝき上げ數萬の富を積み結婚して後も三年間は夫婦互にお膳に向つたこともない程粉骨碎身して立派な割烹屋を持つに至つたものでこの人が妻子をすててその女中と己を滅すいはれなし。 二、石田は子煩悩であり證言によつても判る如く商賣を大切にした。石田が待合から歸らうとした氣持を遮るためお定が着物を隠したりしたが石田はお人よし親切で女のいふ事にはいやだと云はれぬ男であり、女性に從順な性質が勝氣な被告に好かれたもので石田はお定の感情を害するのを恐れてゐた。 三、石田が最後の一線にふき止まりそこから一歩も動かうとしなかつたためにお定はこゝに 殺害する氣になつたもので石田はこれ迄お定に殺されるとは夢にも思つてゐなかつたものである。 檢事はお定の精神状態については村松鑑定人の鑑定を引用し「心神喪失又は心神耗弱の程度のものではない。性格異常と感情の過敏の上に當時の激しい飲食と不しだらな行動が影響したもの」と斷じ お定の性格並に特異な感情から本件を惹起したもので被告は何ものをも考へずに慾望通りに實行する、殺人の如き大罪も躊躇せずにやる、何事をも思ふ通りやらねばならぬといふ氣質、性格、性癖をもつてゐた。 と性格を概観し 一、我儘で衝動のまゝに行動する 一、虚栄心が強く濫費驕奢の精神高い傲慢不遜で反抗心が強い 一、勝氣で剛情で意地張りで懶怠性がある(こゝで檢事は痛烈に學校時代その他を指摘す) 一、破壞性がある 一、好奇心のまゝに動く 一、酒、煙草を嗜む 一、意志薄弱で情に脆い 一、熱しやすく冷め易い。機嫌が變り易く好悪著明、感情が激しい 檢事はこの性格論を裏づけるために幾多の例を擧げ 今度は鑑定書に基いてお定の性情を瞥見し「強烈なる獨占慾がありこれを滿足せねばやまぬといふ衝動の持主である」ついでいよいよ情状論に入り 春秋の筆法を以つてすれば本件は被害者石田にもその責任の一斑があるといはねばならぬ とて石田の遺族の現状を憐れみ石田の子煩悩性をたゝへ、轉じてお定の性格を罵倒。 大宮は機會毎に訓戒と激励をもつてし肉體よりも精神的愛に生きよと諭して來たに拘らず、被告の多情は遂に大宮の努力を水泡として全く恩を讐で返したものである。 流石にお定は耐へられぬものゝ如く頰にハンカチで顏を覆うて泣く。 本件の社會的影響――人心を刺戟し風教を害したことは甚大なもので犯罪の模倣性から本件類似の犯罪が 頻發してゐる。然るに被告は改悛の情更に認めらるべきものなく、罪を罪として悔いず、只馬鹿なことをした、損をしたといふ程度に過ぎざるものがある。 辛らつな口調は骨肉をも刺し、十八年間に亙るお定の流轉生活を敍し最後に 法律上刑の減免の理由は少しもないが幾多の事情を酌むとき、やはり極刑をもつて臨まずに酌量すべきものがある。即ち社會的影響の大なるを考へる時主觀的事情に安價な同情をよせ輕く處分するわけには行かぬ。特殊なる事情、性格に惹起した本件は全く前例のない事件だけにある意味において運命づけられたる觀あり、こゝに被告の利益、不利益情状を綜合して懲役十年を相當とする と結んだ。 |
【阿部定関連資料一覧】
《予審調書全文》
・阿部定事件予審調書(ドキュメント日本人第10巻 法にふれた人 谷川健一・鶴見俊輔・村上一郎編 學藝書林 昭和44年)
・阿部定の予審調書(「別冊新評」'72 JUN 悪徳行動学入門 新評社 「新評」昭和45年10月号より再録)
・阿部定公判記録(著者・発行者・発行日不詳 簡易製本 114頁)
・艶恨録―予審訊問調書(前坂俊之編 「阿部定手記」 中公文庫 1998年2月18日)
・命削る性愛の女 阿部定〈事件調書全文〉(コスミックインターナショナル 1997年4月10日)
・昭和十一年の女 阿部定(粟津潔・井伊多郎・穂坂久仁雄著 田畑書店 1976年11月25日)
・愛するがゆえに−阿部定の愛と性−(伊佐千尋 文春文庫 い16−7 文藝春秋 1997年12月10日)
・阿部定の訊問調書(「明治大学博物館研究報告」第9号 伊能秀明 2004年3月)
・阿部定−学生と読む阿部定予審調書−(清水正篇 D文学研究会 1998年)
・阿部定訊問事項(一)(月刊桃源郷 41号 昭和57年9月15日)※ただし第二回訊問までのみ
・予審調書(「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・阿部定予審調書(猥褻図書資料館PART2 野川浩監修 啓明書房 昭和58年1月10日)※ただし「別冊新評」の再録
《評伝・評論》
・阿部定を読む(清水正 現代書館 1998年3月25日)
・阿部定正伝(堀ノ内雅一 情報センター出版局 1998年2月19日)
・阿部定伝説(七北数人編 ちくま文庫 あ27−1 筑摩書房 1998年)
・お定色ざんげ−阿部定の告白−(木村一郎 河出文庫 き2−1 河出書房新社 1998年)
・惚れたが悪いか(島村洋子 小学館 2003年)
・なつかしく思います−阿部定に愛された男−(森珪 現代書館 1996年)
・お定事件とその裁判(細谷啓次郎 「どてら裁判」 森脇文庫 1956年10月30日)
・阿部定事件(森長英三郎 「史談裁判」 日本評論社 昭和41年12月5日)
・阿部定における女陰の成熟(平岡正明)
・緊張をほぐした阿部定の功罪〈昭和11年〉(戸川猪佐武 「素顔の昭和」 角川文庫)
・阿部定猟奇事件(若梅信次 「文藝春秋」にみる昭和史 文藝春秋)
・阿部 定─わが怠惰と諦念を刺す(田中美津 「一億人の昭和史」 毎日新聞社)
・阿部定・坂口安吾対談(坂口安吾著 坂口安吾全集 05 柄谷行人・関井光男編集 筑摩書房 1998年/「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・阿部定さんの印象(坂口安吾著 坂口安吾全集 06 柄谷行人・関井光男編集 筑摩書房 1998年/「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・断章・悪徳への傾斜 性愛の承認と正当化を求めて(中田耕治 別冊新評 '72 JUN 悪徳行動学入門 新評社)
・畳屋のお定ちやん(久保久美・仙子 婦人公論 昭和11年7月号/「阿部定手記」中公文庫 ま27−1/「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・阿部定と語る(太田金次郎 「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・智照尼と阿部定(竹内金太郎 「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・更生途上にある独房の阿部定隣室観察十日間(小倉ミチヨ・相対会研究報告 下川耿史編 ちくま文庫 1999年12月2日)
《小説・戯曲》
・阿部定−関根弘詩集−(関根弘 土曜美術社 1971年)
・世相(織田作之助 定本織田作之助全集 第五巻 文泉堂出版 昭和51年4月25日/「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・妖婦(織田作之助 定本織田作之助全集 第五巻 文泉堂出版 昭和51年4月25日)
・阿部定の犬(喜劇昭和の世界1 佐藤信 晶文社 1977年)
・現代日本戯曲大系 第10巻 1975〜1977(三一書房編集部編 三一書房 1997年)
・聖淫婦(宇能鴻一郎 「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
・鬼灯(森真沙子 「阿部定伝説」 七北数人編 ちくま文庫 1998年2月24日)
《その他》
・尾久の民俗(荒川区民俗調査報告書2 荒川区民俗調査団編 荒川区教育委員会 1991年)
《インターネット》
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